トンボと夏の足音
先週は散歩にいく時間がなかった。どんなに忙しくても、週末の散歩の時間はなんとかして確保してきたので、まったく散歩しないのは久しぶりだった。このところの忙しさで、散歩道の自然のリズムが私の中ではよくわからなくなっていた。忙しさは一段落したのだが、リズムが狂ったまま。そんな気がしていた。
先日、道端にヤブカンゾウの鮮やかなオレンジ色の花が咲いているのをみて、ああ、そうか、そろそろ散歩道のあちこちでヤブカンゾウが咲いている頃だなと思ったら、ヤブカンゾウを見にいきたくなってしまった。このあいだ一株だけ発見したオオバノトンボソウはどうなっているだろうか？そんなことも気になる。
散歩道に向かう坂を下りながら、なんだか首のあたりが随分凝っているなあ、などと思いつつ、なんだかいろんなことに凝り固まったような体で、なんとなく早足で歩いているのに気付く。散歩道はそんな凝り固まった体でも、いつものように迎えてくれる。いつもの散歩道のリズムがそこには流れている。ウグイスの声があちこちからきこえ、アマガエルがグエッグェッとゆったりと鳴き、湿った草の香り、そして水路を流れる水の音、そんなものにつつまれていく。
爪の谷の入り口付近の道端に、オレンジ色にしっかりと存在を主張しているものがあって、目を奪われた。最初、ヤブカンゾウだと思ったが、少し色が薄いようだ。近づいてみたら、それはノカンゾウだった。ノカンゾウの花びらの上にマメコガネがいて、思いがけず、派手な色のコントラストとなっていた。よくみると、ここの田んぼのまわりには何箇所かノカンゾウが出ている。ノカンゾウを初めてみたのはこの田んぼのそばだった。毎年少しずつ場所を変えながら、しっかり咲いてくれる。今年は少し数が多いような気がする。
アカガエルの沼へと向かうと、草むらを無数のチビアカガエルたちが跳ねる。あるくとザワザワと音がして、四方八方に小さなアカガエルが跳ねる。今年は春に雨が少なく、田んぼの水たまりが涸れてしまったりしたので、アカガエルも全滅してしまったかと思っていたが、こんなに沢山のチビたちが元気に育っていて安心した。これから秋まで、このあたりの草むらで彼らは過ごす。
アカガエルの沼にいってみると、例年通り、ヤブカンゾウが沢山、綺麗に咲いていた。ここまで来るには少しだけ草むらをかきわけてくる必要があり、だから、こんな奥でひっそりと、しかし綺麗に咲いているというのを見ると、まるで、秘密の花園、そんな感じがして嬉しい。
ヤブカンゾウをしばらく眺めて、引き返し、田んぼのまわりをゆっくりと歩きながら、いろんな花が出ているのを見る。オカトラノオやウツボグサ、ツユクサ、ネジバナなどなど初夏の花を沢山みることが出来た。「田んぼの土手は天然の花壇」まさに、そういう感じだ。
西のメイン通りを歩くと、モンシロチョウはあいかわらず多くみかける。多い時はまるでモンシロチョウの中を歩いているようでもある。このところは少し減ってきたかもしれない。世代交代の狭間なのかもしれない。そんなことを思う。
くねくね峠道の近くまできたら、ウスバキトンボがまとわり付くように私のまわりを飛んだ。このトンボはわりとゆったりとした飛び方をし、近づいてもあまり逃げることがない。くねくね峠道に入っていったら、沢山のウスバキトンボがいて、近づいていろんな表情の写真を撮ることが出来た。是非とも飛んでいるところを撮りたいと思ったが、なかなか思うように飛んでくれないものだ。止まっているものをわざわざ指でつついて「飛んでくれ〜」とお願いするのだが、飛んでもすぐに近くの葉っぱの上に着陸してしまうので滞空時間が短くて、写真を撮るのが間に合わない。いつかきれいな写真をとりたいものだ。
そうやって一生懸命、トンボと戯れながら写真を撮っていたら、上からなにやら虫が降ってきて葉っぱの上に止まった。それはまるでバク（これはマレーバクかな？）のようなかわいい虫だった。後でしらべたらこれはオジロアシナガゾウムシというゾウムシの一種のようだ。それにしても、何故降ってきたのだろう？足を滑らせたのか？それであわてているのかどうかわからないが、葉っぱの上をあっちへ行ったりこっちへ来たりとせわしなく動いていた。
さて、あちこちあるきまわって、秘密の場所、そう、オオバノトンボソウのところにいってみることにした。このあいだみつけた株はどうなっているだろうか？そんなことを思いつつ。すると、その株のところに行き着くまえにあらたな一株を見つけて、おもわず「おお〜っ」と叫んでしまう。
そして、目的の株はしっかりと花が咲いていた。咲くといっても、完全に開いたのは見たことがないのだが。この場所でオオバノトンボソウを初めてみてから、毎年この時期は目を皿にして花を探す。数が少ないので、今年は見られるだろうかと心配しつつ。それでも、毎年少しずつ場所を変えながら、しっかりと花をつけてくれた
オオバノトンボソウを見て、家に向かって引き返した。林の中からニイニイゼミの声がきこえた。夏の足音だ。